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8月28日の夜、日本時間の23時から、ワイオミング州ジャクソンホールでの講演が予定されていました。米連邦準備制度理事会(FRB)の議長が毎年この時期に話す場で、市場が金融政策の手がかりを探しにいく恒例のイベントです。
今年は特に注目されていました。議長が5月に交代したばかりで、ケビン・ウォーシュ氏にとって就任後初めてのジャクソンホール講演だったからです。本人が講演のなかで「議長就任100日目をこの場所で迎えられるとは」と触れていたくらい、就任間もないタイミングでした。
市場が知りたかったのは、次のFOMCで金利をどうするのかという一点です。ところが講演を読んでみると、その答えはどこにも書かれていませんでした。それどころか、「そもそも先の道筋を事前に示すという慣行を、私は変えるつもりだ」という趣旨のことが、かなりの分量を割いて述べられていました。
肩透かしを食らった人もいたと思います。でも私は、それでいいと思っています。
何が語られ、何が語られなかったのか
まず事実を整理します。以下はすべてFRBが公開している講演原稿(タイトルは「In Our Time」)に基づいています。
語られたこと
景気の現状について、ウォーシュ議長ははっきりした認識を示しました。企業の設備投資は機器・無形資産ベースで4四半期の伸びが約9%と2021年以来の高さにあり、今年の伸びの半分以上はAI関連の投資によるものだとしています。S&P500企業の利益は過去1年で20%以上伸び、利益率も歴史的に高い水準にあると述べました。
雇用については、失業率4.1%は歴史的に見て低く、労働市場は完全雇用と整合的だという評価です。
一方で物価は厳しく見ています。FRBが重視するPCE物価指数は前年比3.7%、直近6か月では4.1%で、2%目標を上回った状態が続いています。PCEの199品目を分解すると、過去12か月で3%超値上がりした品目が54%を占め、パンデミック前20年間の32%より明らかに高い、とも述べました。信用スプレッドは低く、企業向け融資の基準も緩いことから、「広範な金融環境が引き締め的だとは言いにくい」という表現も使っています。
そのうえで示された基準がこれです。「基調的なインフレが目標に向かって、明確に、十分な速さで動いていると確信できなければならない。さもなければ、我々にはやるべき仕事がある」。日本経済新聞はこの部分を「利上げに含み」と報じ、市場では9月の利上げ予想が広がりました。
語られなかったこと
その一方で、次のFOMCで利上げするのかしないのか、するとしていつ、どれだけの幅なのかについては、一言も語られませんでした。これは言い忘れたのではなく、意図的なものです。講演の冒頭で、話す内容の見出しを紹介したあとに、こう付け加えています。「アウトラインと呼んでもいい、トレイルマップと呼んでもいい。ただ、フォワードガイダンスとだけは呼ばないでほしい」。
フォワードガイダンスとは、中央銀行が将来の政策の方向をあらかじめ示すことです。ウォーシュ議長は、この慣行は金融危機のときに導入されて当時は不可欠だったが、「歓迎される期間を過ぎた」という見方を示しました。平時においてその役割は限定的であるべきで、そうでなければ「明確さの名のもとに曖昧さを生む」ことになる、と述べています。
背景として、7月のFOMC声明では政策金利が3.50〜3.75%に据え置かれましたが、採決は9対3で、3名が0.25%の利上げを主張して反対票を投じていました。FRBの内部でも見方が割れている状態です。
市場はどう反応したか
講演直後の反応を、株探の市況記事などで確認できる範囲で書いておきます。
米10年債利回りは一時4.69%まで上昇しました。為替はドル全面高で、ドル円は東京市場の朝に159円30銭前後だったものが、講演をはさんで160円10銭前後まで動いています。ユーロドルは1.1650ドルから1.1643ドルへ反落、ポンドドルも1.3574ドルまで下げました。
興味深いのは株式市場です。NYダウは終値53,559.99ドル、前日比マイナス9.45ドル(0.02%安)と、ほとんど動きませんでした。金利と為替は反応したのに、株はほぼ無風だったわけです。同じ講演を聞いても、市場によって受け止め方が違うということが、そのまま数字に出ています。
ただし、これがどこまで続くかは分かりません。今後の物価指標や雇用統計で、この見方はいくらでも変わり得ます。私は為替や金利の見通しを当てにいくつもりがないので、ここではこれ以上踏み込みません。
為替の変動と長期投資の関係については、こちらの記事で詳しく書いています。
「読めない」ことは、悪いことなのでしょうか
市場は明確なシグナルを求めていました。それが得られなかったことを不親切だと感じる人もいるはずです。ただ、講演を読み進めていくと、ウォーシュ議長がなぜそうしないのかを、かなり具体的に説明していました。
一つは、政策の自由度の話です。金利について循環を通じた準コミットメントをしてしまうと、いざ決めるときの自分たちの自由が損なわれる、という趣旨のことを述べています。先に約束してしまうと、状況が変わっても方向転換しづらくなる、ということでしょう。
もう一つが、私には面白く読めた指摘でした。講演では「合わせ鏡の問題(hall-of-mirrors problem)」という言い方が使われています。市場がFRBのガイダンスに大きく依存し、そのFRBが市場価格を見て判断するようになると、双方が同じものを見つめ合うことになり、新しい変化を見落としやすくなる、という構図です。
そして、その被害をいちばん受けるのは市場参加者ではない、とも述べています。金融資産を持たない人たちこそが最も重い負担を負う、という指摘でした。
さらに、ではせめて反応関数、つまり「データがこうなればこう動く」という式を示してはどうか、という問いにも触れています。答えは「我々の経済理解はそこまで及ばない」というものでした。テイラー・ルールのような単純な関数に厳密に頼れるほど、分かっていることは多くない、と。
これは一理あると思います。というより、私たちの側も、予測できると思い込んでいたからこそ、外れたときに動揺していたのかもしれません。
だから私は、予測より設計を選びます
講演の結びに、こういう一文がありました。「私は今日、ある決定にではなく、一つの規律にコミットしてここに立っている」。次に何をするかは約束しないが、判断の基準は持っている、という意味だと私は受け取りました。
これは投資家がやっていることと、構造が同じだと思っています。次に相場がどうなるかは分かりません。分からないので、代わりにどちらに転んでも困らない組み立てを先に用意しておく。私がやっているのは、そういうことです。
具体的には、この4つです。
- インデックスと高配当株の二刀流:値上がりを取りにいく部分と、配当で受け取る部分を分けています
- 9つの資産への分散:どれか一つが崩れても、全体が同時に沈まないようにしています
- 1銘柄の上限は2.5%:個別企業の判断を間違えても、致命傷にはならない大きさに抑えています
- 暴落時に動けるだけの待機資金:下がったときに買える側でいるための現金です
この4つは、FRB議長が誰であっても、何を語っても語らなくても変わりません。だから今回の講演を聞いて、自分のポートフォリオを組み替えようとは思いませんでした。金利が上がる方向に振れたなら、それはそれで配当を受け取りながら待つだけです。
むしろ今回のように、事前の予想と違う受け止め方をされた講演があると、予測を土台にした投資の危うさが分かりやすくなります。数週間かけて「何を言うか」を読み合ったあげく、当日に数時間で価格が動くのですから。
私の投資哲学の全体像は、こちらのまとめ記事でご覧いただけます。
まとめ
新しいFRB議長は、先の道筋を事前に示す慣行そのものを見直すと述べました。そのうえで、市場参加者は自分で経済の実情を追い、自分で結論を出し、自分の期待を形成すべきだ、という趣旨のことも語っています。
これは要するに、「自分で考えてください」と言われたのに近いのだと思います。親切ではないかもしれませんが、もともと誰も未来を教えてはくれないので、正直な態度ではあります。
予測に頼らない設計を持っていれば、誰が何を言おうと、やることは変わりません。逆に言えば、次の一手が読めないと落ち着かないのだとしたら、それは設計のほうに余白が足りていない合図かもしれません。
あなたは、次の一手が読めないとき、どうしますか。ちなみに私は、講演の原稿を読み終えたあと、いつもどおり寝ました。
※本記事は情報提供および筆者個人の見解を目的としており、特定の投資手法や金融商品を推奨するものではありません。また、金融政策や為替・株価の見通しを保証するものでもありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。データは2026年8月末時点の情報に基づいています。
著者プロフィール
クアット。90年代生まれ、東海地方出身。20代を世界各国で過ごし、4ヵ国語を操りながら多国籍な環境でキャリアを積む。2017年より投資を開始。現在は日本株・米国株を主力に運用し、アッパーマス層(資産4,000万円以上)に到達。海外での経験から「言葉や感情は揺らぐが、数字だけは嘘をつかない」と確信。趣味の域を超えた銘柄分析を、ポエムや感想を排除した「ロジック重視」の視点で発信中。