中東のある国で学んだ「お金の真実」:なぜ日本は恵まれているのか

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埃っぽい大通りを、真新しい大型のランドクルーザーが一台、ゆっくりと走っていきます。

日本で見かけるよりも早い最新モデルで、磨き上げられたボディが砂混じりの陽光を跳ね返していました。その数メートル横では、舗装の剥がれた歩道に座る人々が、その日の糧をどう得るかという表情で行き交う車を眺めています。電線は無造作に垂れ下がり、停電は日常茶飯事。これは、私が長い戦乱からの復興の途上にある、中東のある国に滞在していたときに、毎日のように目にした光景です。

その国では、石油から得られる富によって、最低限の生活はある程度まで保障されていました。けれども、社会のインフラはまだ十分に整っておらず、持つ者と持たざる者の差は、私がそれまで知っていたどの社会よりも鮮烈でした。20代の私は、この強烈なコントラストの中で、お金についての価値観が根底から揺さぶられる経験をすることになります。今日はその話を、私の投資哲学の原点として、正直にお話しさせてください。

「資産を持つ者だけが豊かになる」という現実

私がその国で接した人々の多くが、口をそろえるように語っていたことがあります。それは、給料や預金ではなく、「資産を持つこと」こそが豊かさのすべてだという感覚でした。これは私の一人称の観察にすぎませんが、少なくとも私が見た範囲では、その価値観は驚くほど共有されていました。

理由は、目の前で起きている現実を見れば明らかでした。復興需要を背景に、都市部の不動産価格は上がり続けていました。土地や建物という資産を持つ者は、ただ持っているだけで富を増やしていく。一方で、資産を持たない者は、どれだけ働いても物価の上昇に追いつけない。資産を持つ者と持たざる者の差は、時間が経つほど開いていく——それが、その社会の動かしがたい力学でした。

ですから、私が接した人々は、とにかく「まず資産を持つ」ことに必死でした。資産こそが、不安定な生活を少しでも楽にする、ほとんど唯一の手段だったからです。そして、一定の資産を築いた人は、そこを足場にして自分の好きな商売を始める余裕も生まれていました。「労働で得たわずかなお金を、いかに早く、いかに確実に資産へと変えていくか」——それが、私の周囲にいた人々の関心の、まさに中心にあったのです。日本にいた頃の私は、お金とは「働いて稼ぐもの」だと素朴に思っていました。けれどそこでは、お金とは「築いて、増やすもの」でした。

資産を築いても、守れなければ意味がない

ところが、その国にはもう一つ、私が日本では考えたこともなかった現実がありました。それは、資産を築いても、それを守る仕組みが十分に整っていないということです。ここが、私の気づきの大きな転換点になりました。

長い戦乱を経た社会では、財産権を守るための法律や制度が、まだ発展の途上にありました。せっかく資産を築いても、それを安心して持ち続けられる保証が乏しい。地元の有力者に目をつけられれば、築いてきたものも、場合によっては人生そのものも、危うくなりかねない——私が肌で感じたのは、それほどの緊張感でした。

敵と見なされれば社会的にも身体的にも危険が及ぶ。「努力して何かを築くこと」と「築いたものを安全に保つこと」は、まったく別の問題なのだと、私は初めて実感しました。

新しい可能性に満ちている一方で、リスクもまた青天井。資産を築くチャンスはあっても、それを安心して育て続けられる土台がない。この「築けるが、守れない」という不安定さを目の当たりにしたとき、私はようやく、日本という国の「当たり前」が、世界では決して当たり前ではないのかもしれない、と気づき始めたのです。

日本は「資産を築いて、守れる」稀有な国だった

日本に戻ってきて、私の目に映る景色は、出発前とはまったく違っていました。確かに、日本の経済は長く停滞していると言われます。賃金は思うように上がらず、将来に漠然とした不安を抱える人も多い。それは事実だと思います。けれども、私が痛感したのは、まったく別のことでした。

日本には、資産を築くための方法が、きちんと整っています。株式や不動産といった選択肢があり、新NISAのように、国が個人の資産形成を後押しする制度まで用意されています。そして何より大きいのが、築いた資産を守る法律と制度がしっかり機能していることです。理不尽に財産を奪われる心配が、極めて少ない。これは、あの国で「守る仕組みのなさ」を見てきた私にとって、信じられないほどの安心感でした。

「リスクをほとんど負わずに、コツコツと資産を築き、それを安心して持ち続けられる」——この環境そのものが、実は日本の隠れた財産なのではないでしょうか。私たちは、あまりにその環境に慣れているために、それがどれほど恵まれたことかに気づいていないだけなのかもしれません。日本が今も561兆円を超える、世界有数の対外純資産を持つ国であることも、こうした安定した土台があってこそだと、私は考えています。

日本にいながら世界の富を取り込む——為替の変動に左右されないポートフォリオの作り方は、こちらの記事で具体的に解説しています。

円安でも円高でも負けない高配当ポートフォリオの作り方

日本の停滞は、嘆く理由にならない

ここで、誤解のないように申し上げたいことがあります。私は「日本は素晴らしい、感謝しろ」と言いたいのではありません。また、あの国を「遅れている」と見下す気持ちも、まったくありません。どの国にも、それぞれの事情と、それぞれの強みがあります。私が伝えたいのは、ただ一つ——私たちは、世界的に見て、かなり恵まれた土俵の上で投資ができている、という事実です。

日本経済の成長が鈍いことは、嘆く理由にはなりません。なぜなら、私たちには世界の成長を取り込む方法が、少なくとも2つあるからです。一つは国際分散投資です。世界全体の成長に幅広く投資すれば、日本一国の停滞は、もはや決定的な問題ではなくなります。金融庁も「投資対象のグローバルな分散」を資産形成の基本として挙げているとおりです。

もう一つは、海外で大きく稼ぐ優良な日本企業へ投資するという方法です。日本を代表する総合商社や製造業の多くは、売上の相当部分を海外で稼いでいます。彼らに投資するということは、世界中で生み出される富の恩恵を、日本という安全な土俵の上にいながら受け取る、ということです。あの国の人々のように、築いた資産を守るために神経をすり減らす必要はありません。制度に守られながら、世界の富にアクセスできる——これほど恵まれた投資環境は、世界を見渡してもそう多くないと、私は本気で思っています。「どの銘柄を買うか」という話の前に、「自分がどれほど恵まれた場所に立っているか」を知ること。それが、投資の本当の第一歩なのかもしれません。

世界に分散するインデックス投資と、日本の高配当株を組み合わせる「二刀流」の発想は、こちらの記事で詳しくお話ししています。

インデックス投資と高配当株投資、両方やっている私が本音で語る【なぜ”二刀流”なのか】

あの国で見た光景が、私の投資哲学の原点です

埃っぽい大通りを走っていた、あの真新しい高級四駆。その横で行き交う車を見つめていた人々の表情。あの光景は、今でも私の記憶に焼きついていて、そして今のクアットの投資哲学の、まぎれもない原点になっています。

私が一番大切にしているのは、「資産を築き、それを守れる」という当たり前を、当たり前と思わないことです。数字や銘柄の細かい話の前に、まず「どこで戦うか」という土俵の話があります。私たちは、たまたま、とても恵まれた土俵の上に立っています。だとしたら、その幸運を最大限に活かさない手はありません。煽るつもりも、急かすつもりもありませんが、これだけは静かにお伝えしたいのです。

あなたは、自分がどれほど恵まれた場所で投資できているか、立ち止まって考えてみたことはありますか。もしまだなら、次に証券口座を開いたとき、ほんの少しだけ、その「土俵の有り難さ」に思いを馳せてみてください。きっと、画面に並ぶ数字の見え方が、ほんの少し変わるはずです(とはいえ、有り難みに浸りながらも、結局その日も含み損とにらめっこしてしまうのが、私という人間なのですが)。


※本記事は情報提供および筆者個人の見解・経験を目的としており、特定銘柄や投資手法を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。データは2026年6月24日時点の情報に基づいています。


著者プロフィール

クアット。90年代生まれ、東海地方出身。20代を世界各国で過ごし、4ヵ国語を操りながら多国籍な環境でキャリアを積む。2017年より投資を開始。現在は日本株・米国株を主力に運用し、アッパーマス層(資産4,000万円以上)に到達。海外での経験から「言葉や感情は揺らぐが、数字だけは嘘をつかない」と確信。趣味の域を超えた銘柄分析を、ポエムや感想を排除した「ロジック重視」の視点で発信中。

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